風邪から気管支炎へそして肺炎

私の娘のお話です。

2歳半過ぎた頃、風邪をひき、中耳炎になるかもと覚悟をしていました。

しかし、そんな心配どころか気管支炎に進行してしまいました。

 

かかりつけの小児科の先生から処方されたお薬を飲み、

2.3日後に様子を診ていただきに再び小児科へ行くと、

お薬が効いてきているようだから今回のお薬を飲みきったら

もう再診しなくて大丈夫と言われ安心して帰宅。

 

その週末、上の子が映画を見たがっていて少し前から約束していた事もあり、

少し咳が残る娘の体調が心配ではあったのですが、主人は休日返上で出勤。

他に頼める人もなく、やむなく連れていくことにしました。

 

まだ寒い霙交じりの日。

駅周辺までは車で行き、そこから電車に乗り換えて映画館へ行きました

普段は車で保育園へ登園しているため、電車に乗ること自体も楽しい子供たち。

二人とも楽しかったようで帰りの電車も自宅へ向かう車中でも映画の話で大盛り上がり。

ちょっと無理した感じはあったけれど、下の子も喜んだし、

少し疲れたのかすぐ寝付き、ぐっすり眠っていました。

 

しかし、その翌朝娘は再び発熱。

昨日疲れさせちゃったからだなと反省しつつ、保育園を休ませ家でゆっくりさせました。

 

いつもなら、すぐ起きだして、○○食べたい・・とか○○飲みたい・・。

など熱がありながらも、甘えモード全開になるのですが、この日は何だかずっとグッタリしていました。

熱もたいてい昼頃には一度下がるのに、この日は下がる様子がありませんでした。

 

心配性の主人が昼休みに連絡してきて、様子を話すと、

様子がちょっとおかしいから午後から医者に連れていくように促され、連れて行きました。

すると、先生が「お母さん!この子肺炎をおこしているよ。

紹介状書くからすぐこのまま総合病院へ行きなさい。」と・・。

 

本人は何だかわかってはいませんでしたが、私はビックリ。

とりあえず主人に報告をし、総合病院へ急ぎました。

 

レントゲンを撮ったあと診察室に入ると、これから24時間抗生物質の投与が必要という事で、

既に先生からは入院の支持が看護師に出されておりました。

2週間くらいの予定でした。

 

娘は看護師に抱かれそのまま病室に連れて行かれ、すぐに帰れると思っていた娘は大泣き。

一緒に病室に行ってしまうと、後追いして、病室から出ることが困難になるので、

このままお母さんは一度帰宅して準備してきてくださいと返されました。

 

大急ぎで、パジャマやバスタオル、洗面具、トイレトレーニングを始めていたのですが、

病院では手がかけられないという事で、紙パンツに逆戻り。

買い置き分などを用意しました。

 

準備し病室にいくと、娘のか細い腕には点滴の針が刺され、

針を抑えるテープには、かわいらしくキティちゃんの絵が描かれていました。

娘は「ヒックヒック」泣いていました。

 

針が痛くて泣いているわけではなく、「お母さん・・お母さん」と泣いている娘。

可哀そうで、保育園のお泊りの経験はあるものの、

こんな不自由な状態で添い寝してやることも出来ず・・。

胸が苦しくつらかった。

 

小児病棟なので、子供の面会、立ち入りは出来ません。

上の子をおばあちゃんお願いしたかったのですが、

心配かけるからって、主人がおばあちゃんに頼むことを拒んだので、

上の子を一緒に病院に連れて行き、待合室に一人で待たせました。

こちらも不憫で心が痛み、つらかった。

 

あの時、あの霙交じりの日。

無理に映画など連れて行かなければよかったと猛反省。

面会時間は午後2時から。

しばらく仕事は半日出勤の許可をもらい、午後は病院に通いました。

毎日病室に行くと娘は泣いていて、泣きすぎて目の下が赤くただれていました。

 

肺炎自体は、抗生剤が思いのほか効き回復の兆しが見えたのと、

娘があまりにも泣きすぎて精神的にも良くないという事で、10日で退院することが出来ました。

退院して2.3日は自宅で療養し、それから保育園に登園させました。

 

そんな娘はもう20歳過ぎました。大病した記憶はほぼなく、元気に過ごしています。

子どもの風邪は大病のもと。

きちんと親が見てやらないと大変なことになりうると実感と共に反省です。

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