肺炎の祖父と家族

私の祖父が肺炎でした。

祖父は大の病院嫌いでした。80歳を過ぎても毎日タバコと酒。

それもタバコはエコーという強いものを毎日一箱。

酒は焼酎かウィスキーをロックに近い状態で飲んでいました。

 

家族は心配し、目の前から隠したり注意したりしていたそうです。

それでも家族に隠れてやっていたそうです。

私も小さい頃は、ずっと座ったままタバコをふかしている祖父を毎日見てきました。

 

体が強かった祖父が、高熱が出たために病院に連れられて行きました。

それから入院して、約9ヶ月くらいで亡くなりました。

なんだかあっという間のことだったように思います。

 

入院してからすぐ喉に穴をあける手術をしました。

今すぐあけないと、死ぬよ!と父が医者から言われた言葉です。

頻繁に痰が絡み、自分では吐き出せない状態でした。

痰が絡む様は、見ている私も苦しくつらいものでした。

病院嫌いな祖父は、つけられているものも気に食わなかったようでした。

これを外せ!と喉元に手を置いたり、医者に精一杯掴みかかって抵抗します。

私はなにも力になってやれず、辛さに同情することしかできませんでした。

 

喉に穴をあけた為に、食事は流動食です。

毎日祖母が介護していました。

朝晩も気が休めずに、しんどい想いをしたと言っていました。

それから人工呼吸器になり、2週間で亡くなってしまいました。

 

亡くなる当日は胸騒ぎがして、家族みんなで病院にいました。

問題児な爺さんでしたが、みんなから愛されていたみたいで、亡くなったときは看護婦さんも泣いていました。

『人工呼吸器をつけたら、だいたい2週間で亡くなるから、覚悟しとけ』

病院関係者のいとこから言われました。

寝たきりの祖父は、機械によって生かされている感じでした。

ずっと目を瞑ったままで、でもなんだかすごくらくそうに見えました。

 

入院中の祖父は、外してくれー外してくれと一生懸命私たちに伝えようとしていました。

食べるときの噛む感触を味わえず、好きなご飯も食べられない。

自分の想いを声にできないもどかしさ。過ごす日々は想像を絶するつらさだと思います。

 

肺炎の方の家族も同じようにつらい思いをしているはずです。

私の父は、『あなたも酒タバコはほどほどにしなさい』と看護婦さんに言われたそうです。

自覚のある方、今からでも間に合うと思います。

私はお年寄りになっても、美味しいご飯を食べたい。お友達と楽しく過ごしたい。

そう思います。

間近で見てきたからこそ、みなさんにそう伝えたいです。

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