肺炎だってわからなかった

私は幼少期に何度も肺炎にかかりました。

私は小児喘息を持っており、体が大変弱かったです。

母がたまたま小さな診療所で看護師をしていたので、

母が夜勤の日に発作が起きると、母の部屋に泊まり、

治療する事もしばしばでした。

 

入院というほどではないのですが、

やはり苦しそうな我が子を傍に置いておきたかったのでしょう。

 

その時もいつものように発作が起きたんです。

発作が起きると呼吸すら辛いので、話すこともままなりません。

大抵二日ほどで落ち着くんですが、その時の発作は一週間たっても収まりませんでした。

一瞬良くなかったかと思えば、また発作を繰り返すので、母も不思議がっていました。

先生もかなり高齢の方で、もちろん医療の知識はあるんですが、

いまいち私の状態が把握できていない状態でした。

 

いつもの発作と違ったのは高熱が出たことです。

熱を出すことはよくありましたが40度近くの高熱が出たり下がったりを繰り返していました。

食欲もなく、大好きなカツ丼を母が作ってきてくれるんですが、二口食べるのがやっとでした。

お手洗いも近くにあったのですが、そこまで歩くのもしんどくて、倒れてしまいそうでした。

その時点でこれは喘息の発作ではないという自覚がありました。

 

大きな病院に行くことを勧められたのですが、

実はその時私事ではありますが、運動会が迫っていたんです。

もちろん私は参加できる状態では無かったですが、

妹の応援がしたく、私のせいで運動会に家族が揃わない事がとても嫌だったのです。

だから苦しかったですが気を張って、運動会までは待ってくれるよう母に頼みました。

 

運動会当日、もう声を出すのも辛い状態でしたが、

家族誰一人欠けることなく妹の応援をすることが出来ました。

もう何週間も学校を休んでいたので同級生が心配で来てくれたりしたのも覚えています。

 

最後のリレーで妹がアンカーでした。

これが終わったら少し横になろう、、、

と少し気が緩んだら目の前が霞んで、気を失ってしまいました。

母は最初寝ているんだと思ったらしいですが声を掛けても目を覚まさないので、

緊急で病院に向かいました。

車で一時間半です。

診断名は気管支喘息と肺炎でした。

高熱の為気を失ったとの事でした。

 

目が覚めたのは翌日。

見たことのない天井に違和感を覚え、良く見ると隣に家族がいました。

どうやら私は入院したようでした。

先生がレントゲン写真を持って説明に来てくれました。

肺炎の人のレントゲンって凄いんですね。

肺全体に雲がかかったように、まるで肺が見えませんでした。

重度の肺炎だったようです。

 

基本動く事は禁止、移動は車いす、24時間体制で点滴され、

入院数日は酸素マスクでしたが、

その後はベッドの脇に24時間稼働する吸入器を設置されました。

何種類も薬を貰いました。

正直投薬で治療したのか、点滴で治療したのか幼い私にはわかりませんでした。

 

一か月ほどしてやっとまともに動けるようになりました。

結局二か月入院をしました。

 

喘息持ちのお子さんの肺炎は症状が酷似しているので気付きにくい事があります。

喘息の人は熱を出しやすいですが、明らかな高熱が出たら肺炎を疑い、

早めの受診をお勧めします。

私は長かったですが、早ければ二週間くらいの入院で治療が可能です。

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