私たちの父を奪った間質性肺炎とは。

私たち家族の経験で、少しでも誰かの役に立つことを願います。

それは忘れもしない2010年の3月のことでした。

父が風邪のような症状で体調を崩したのです。

正直に言って、その時はいつもの風邪だろうとしか思っていませんでした。

しかし、徐々に父の様子は悪化し、母の強い勧めで父は病院に掛かり、そして入院することとなりました。

 

当初父は耳鼻科に入院し、治療を受けていたのですが

これが大きな間違いだったとは思いもよりませんでした。

 

入院しても一向に父の具合はよくならずに数日が経過したある日、

母から私に運命の電話が掛かってきました。

「父が肺炎であり、助かるかどうかは半々である」ということが分かったのです。

ただの肺炎でそこまでひどい状況に陥るものかと思ったのですが、

本当に残念なことに父の病気はただの肺炎ではなく、「間質性肺炎」でした。

 

一般的に肺炎と呼ばれるものはウィルスなどによって肺が炎症を起こしてしまうことであり、

適切な治療を受ければ回復することはさほど難しいことではありません。

しかしこの間質性肺炎は、肺そのものが変質してしまう病気であり

肺の肝硬変とも例えらることもある難病の一つであったのです。

 

本当の病気が分かったあとに病院ではステロイドを投与しての免疫治療が行われました

実際、父の隣の病室で同じく間質性肺炎だったお婆さんはこれにより快方へと向かっていったのです。

しかし父には効果がなく、日々苦しみながら衰えていく父の様子をただ見守ることしか出来ませんでした。

 

そして、2010年の4月27日の朝。父は帰らぬ人となりました。

父には何故ステロイドが効かなかったのか。

母は父が毎晩浴びるように焼酎を飲んでいたことで体が薬に耐性が出来てしまっていた可能性や、

最初から耳鼻科に置かれずに内科で見てもらっていれば治ったのではないか、

というもしもの可能性を口にしましたが、

それはもう過ぎ去ってしまっていてどう願っても私たちには取り戻せないものでした。

 

私自身、主治医に肺移植は出来ないのかなど訴えてはみましたが

到底現実的なことではなかったのでしょう。

ただ、あの時無理やりにでも父を間質性肺炎の専門病院に転院させていたら

何かが変わったのではないか、そう今でも悔やんでしまいます。

 

私たちには決して取り戻せない過去ではありますが、現在であればまだ間に合うかもしれません。

ただの風邪だと思ったことが私の父のように間質性肺炎などの重い病気である可能性もあります。

もし、私たちの父のように

「少しの運動で息切れを起こす」

「急に食事量が減った」

「風邪のような症状がある」

などの症状を感じている方がいたならば一刻でも早く大きな病院に掛かって検査を受けてください。

終わってしまってからではもうどうにもならないのですから。

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