侮るなかれ、若者にとっても恐ろしい肺炎

当時学生であった私にとって肺炎という病気は、名前こそはよく見聞きしていたものの、

自分とは縁遠い疾患であろうとの認識でした。

 

そんな私が実際に肺炎に襲われることとなってしまったのは、高校2年生の夏。

夏休みを利用して、祖父母宅へ帰省していた真っ只中の出来事でした。

 

その日は家族で繁華街へと出向き、ショッピングをするなどして一日を満喫しました。

人混みの中をたくさん移動しました。

そして夜、突然の寒気と全身の倦怠感に見舞われたのです。

 

次の日の朝になっても症状は治まるどころかますます悪化しており、熱は一気に38℃まで上昇しました。

また咳も出始めたので、祖母に付き添われ、近くの病院を訪ねました。

 

診断は「夏風邪」。

もちろん家族の誰もその診断名を疑うことはなく、私は処方された薬を服用し、

ただひたすら床に伏せって快復を待ちました。

 

しかし薬の効果は一向に得られず、むしろ病状は悪化の一途を辿るだけでした。

ついに熱は40℃の大台を突破。徐々に会話すら困難になっていきます。

とにかく胸の辺りがシクシクと痛み、呼吸をするのが苦しいのです。

高熱で朦朧とする意識の中、咳や痰とも格闘するという、なんとも壮絶な体験でした。

 

結局、「肺炎」と診断されるまで私は三軒の病院を転々としました。

二週間以上もの間、「夏風邪」だと思い込み過ごしていましたが、

その間に症状はどんどん進行していたようで、レントゲンを撮った時、

映っていた肺はすでに真っ白になっていました。

 

一刻も早く入院を、とのことでしたが、ここは祖父母宅が暮らす帰省先。

自宅から離れた土地で入院生活を送るわけにはいかないので、なんとか自宅方面へ戻ることとなります。

新幹線を利用して片道約三時間の距離なのですが、

心身ともに衰弱しきっていた私にとってこの移動は大変困難だったのを覚えています。

足元がおぼつかず、まともに歩けないので車椅子に乗りました。

 

アレルギー性肺炎であったため他者への感染はほぼ心配いらないとの事でしたが、

一般車両に乗車するのはやはり他の乗客に迷惑だろうということで、

人生で初めて新幹線のグリーン車を利用しました。

 

その後、約一か月の入院生活を経て、無事回復しました。

なんだかんだ他の同級生達より長い夏休みとなり、嬉しいやら悲しいやら、とても複雑でした。

 

若者の肺炎は、意外にも見逃されやすいのだと聞きます。

肺炎は、乳幼児やご年配の方々にとっては死に至る可能性を持つ病であり、よく注意されるのですが、

10代20代にとってはその限りでは無いというのです。

 

私の場合、自覚症状として、「これは普通の風邪ではない」と最も感じられた点は、やはり「咳の質」です。

咳をした際に発生する音が、よく耳にする「ゲホゲホ」ではない、聞き慣れないものでした。

あえて擬音をつけるとすれば、「バリバリ」でしょうか。

呼吸音も大変奇妙でした。

「ヒュー…ヒュー…」との音が肺から喉から漏れているように聞こえるのです。

 

これは肺炎に限らずですが、どの病も「早期発見、早期治療」が大事だと切に感じます。

どうか大袈裟だと思わず、「おかしい」と感じたら、自分の直感を信じ、精密検査を受けることをお勧めします。

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