マイコプラズマ肺炎にかかって一ヶ月丸々療養生活になった7歳の夏休み

小学校1年生の夏休みにマイコプラズマ肺炎にかかってしまい、

夏休みは遊ぶことなくほぼ療養生活だった経験があります。

 

遊びたい盛りでしたし夏休みといえば夏祭りや花火大会など、

楽しいイベントが毎週あちらこちらで行われているので子供心に楽しみにしていましたが

医師から外出することも控えるように言われていたためどこへも遊びに行かれず、

本当に退屈な毎日でした。

 

とはいっても、今でもどんな症状だったかよく思い出せるくらいマイコプラズマ肺炎は怖いものでした。

どこが怖いかというと、私の場合は一見元気になったように感じても

急に寒気がして震えたりと症状が急に表れることでした。

昼間は居間のソファーで横になってタオルケットをかけてテレビを見たり、

家族と話したりして過ごしていたのですが、症状が出やすかったのは夕方ころでした。

特に何をしていなくても、日常動作だけで一日の疲れが出ていたのかもしれません。

子供心にストレスも感じていました。

何もできないというのは大人になってからも辛いものですが

遊びたい盛りの子供時代にはもっと耐え難いものでした。

肺炎の症状が出ないときにはいつもとほとんど変わらなかったのですから。

しかし連日微熱が続いていたので体はやはりしんどかったです。

何となく体が重い、だるい、スッキリしない、そんな感じでした。

 

なぜマイコプラズマ肺炎にかかってしまったのか自分では原因が分かりません。

微熱が続いていたことから母が病院に連れて行き、そこで初めて肺炎だと分かったのですが、

当時の私は食が細く、なおかつ好き嫌いが多かったので免疫力が弱かったのかもしれません。

 

子供というのは想像力が本当に豊かといいますが、私の場合は今思い出すと笑ってしまうことがありました。

当時はこのまま死んでしまったらどうしようと本気で考えて落ち込んでいたのです。

これには理由があり、かかりつけの医師からは私が言うことをちゃんと聞いて療養するように

「このまま熱が下がらなかったら入院してもらうしかないよ」と言われていたのです。

入院というと大変な重病なのかと思い込んでしまい、

それが悲観的な考えにつながっていたのですから本当にお笑いです。

 

しかし医師のこの作戦が功を奏して私の体調は徐々に落ち着いてきて、

突然寒気が起こって震えることもなくなり熱も下がっていきました。

そして夏休みが終わるころに病院に行って診察してもらったところ、

完治していることが分かり心底ホッとしました。

退屈な毎日でしたがしっかり休養したからこそ大事に至らないで済んだものだと思っています。

 

大人になってからも一度、肺炎にかかったことがありましたが、そのときは仕事が忙しくて

休みをもらって家で寝ていても携帯電話に職場から連絡が入ることが多々あったので、

心身共にあまり休まらないまま何となく症状が落ち着いたから仕事復帰をして、

結果的には咳が長引いてしまい辛い状態が続いてしまいました。

マイコプラズマ肺炎は普段あまり大きな症状が出ないことが多かったですが、

あのときが夏休みというタイミングだったからこそ、しっかりと休養することができたものだと思います。

 

退屈な夏休みでしたが一つ、今でも鮮明に覚えていることがあります。

それはどうしても夏祭りに行きたくて仕方なかった私を、母がおぶって夏祭りに連れて行ってくれたことです。

と、いってもそこで新たな風邪菌などをもらってしまってはいけないので、

夏祭り会場の公園に行って遠目にお祭りを見ていただけですがとても嬉しかったですね。

あのときの母の背中はおそらく一生忘れないと思います。

あの夏の唯一の思い出です。

 

肺炎は急に症状が進むといいますが、本当にそうです。だから怖いのです。

一見するとそんなに症状が出ていなくても、肺炎の診断を受けたらとにかく体を休めることです。

それが子供時代と働く大人時代に肺炎を経験した私の教訓です。

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